(犯っちゃいかん犯っちゃいかん犯っちゃいかん犯っちゃいかん…)
 突然の不適切な言動、失礼しました。
 意味の分かった方、見逃してください。意味の分からない方、深く考えないでください。

 気を取り直して…。



 (犯っちゃいかん犯っちゃいかん犯っちゃいかん犯っちゃいかん…)

 必死になって、シオンは自分に言い聞かせていた。そうでもしなければ、目の前の少女を押し倒してしまいそうだ。

(そんな事、やっていいはずがない! 私は教皇なのだぞ!)
 
 チラリとシオンは少女を見た。

「あの…シオン様、今日も私の悩みを聞いてもらえるでしょうか?」
 鈴を転がしたような、いや、少なくとも彼にはそう聞こえるような、綺麗な高い声で少女は言った。上目遣いに彼を見上げている。

 年は、12,3歳くらいだろうか。はっと目を見張るような美人ではないが、黒い、大きな瞳をした可愛らしい少女である。成長すれば、それなりに綺麗になるだろう。

「ああ、人の悩みを聞くのも、教皇としての私の仕事だ。なんでも遠慮なく言いなさい」
 下心など爪の先ほども見せず、シオンは優しく微笑む。

 シオンは、外見こそ18歳くらいだが、実年齢は200歳を超えている。色々な事情があって、このようになったのだ。

「ありがとうございます。それでは聞いてください。実は…」

 そんなシオンの心中など知らず、少女は無邪気に話し出した。いや、無邪気って事はないか。悩み相談なのだから。

 シオンは、少女の話など、全く聞かずに考えていた。

(私はこの娘が好きだ。だが、教皇として、こんな事許されるのだろうか。ああ!教皇職がうっとおしい! 今すぐ教皇などやめてしまいたいくらいだ!)

 心の中でひとしきり叫んだ後、ふと彼は気づいた。

(ふふふ…、いいことを思いついたぞ。最初からこうすればよかった。よし!この手で行くぞ!)

 彼は固く決意した。

 が、シオンよ、一つ言いたいことがある。
 なんのかんのと言ってるが、少女は、一応、あいつの彼女だぞ?






書いた人:仙人
00/12/25

栄光をその手に

第1話

―選挙、やろうぜ!―

「…と言う訳でな、私はもう引退しようと思う」
 
 威厳たっぷりにシオンが言う。ここは、教皇の間である。

「と言う訳で、と言われても、今来たばかりの私達には、さっぱり話の流れが分からないのだが…」

「全くだ。自分の頭の中だけで話を進めるのは、やめてもらいたい」

 サガとアイオロスが口々に不満をまくし立てた。

 ここ、教皇の間には、5人の人間がいる。シオン、サガ、アイオロスの3人の他に、童虎、沙織がいる。重大な話がある、とシオンが4人を呼びつけたのだ。

「いや、すまない。順を追って話そう」

 軽く、シオンは頭を下げると、4人を見渡しながら言った。

「私ももう年だ。最近仕事がつらくてなぁ」
 
 4人は、じっとシオンの若々しい肉体を見つめた。

「それで、引退しようと思うのだ」

 シオンがそう言った時、童虎がかすかに、誰にも気づかれないように笑った。

「それはまた…。そんな重大な話を、あまりにも急に切り出しますね」

 冷静な表情をして沙織が言った。

「いえ、話すのは急ですが、じっくりと考えた上での決断ですよ。言い出すまでが、長かったんです」

 そう、と沙織はうなづくと、少し困ったような顔をした。

「そうなると教皇が誰もいなくなってしまいますね」

「心配する必要はありません。そのためにこの2人を呼んだのですから」
 と、シオンは、サガとアイオロスのほうを見た。

 突然話題に上げられ、サガとアイオロスは、何?と不思議そうな顔をする。

 シオンは2人をチラッと見ると、
「この2人のうち、どちらかを次期教皇に任命しようと考えてます」

「なるほど。それで、どちらに決めたのですか? やはり13年前と同じくアイオロスに決まったのですか?」

「いえ、まだ決めかねておりまして…。アテナと童虎を呼んだのは、2人の意見を聞こうと思ったからなんです」

 決まってから呼べよ…、と残り二人は、激しく思った。

「ふうむ。ならば、選挙をする、というのはどうじゃ?」
 今までずっと、ニヤニヤしていた童虎が声をかけた。

「選挙?」

「ああ、聖闘士全員にかかわる事じゃからな、わしら3人で決めるのではなく、この2人のうちから…」
 と、童虎はそこで言葉を切るとサガとアイオロスを指差した。

「より教皇にふさわしいと思う方を、各聖闘士自身に選んでもらうんじゃよ」

「なるほど! それはいい方法だ!」
 ポン、とシオンが手をたたく。

「ええ、それはいいですね。その方法で決めましょう。さっそく明日、聖闘士全員に伝えることにしましょう」

「と、言うわけだ。わかったな、2人とも」

「は、はあ…」

 こうして、2人の意思とは関係なく、話は進んでいくのだった。


*********************************


「シオンよ…」
 童虎が言った。静かな声だ。何か、こらえているようにも思える。

 ここは、教皇の間。現在、この場所には、シオンと童虎の2人しかいない。サガ、アイオロス、沙織はもう帰ったのだ。

「なんだ? まだいたのか、童虎」

 まじめな顔をしてシオンが言った。言い忘れたが、童虎もまた、肉体年齢18歳、実年齢200歳以上組みである。人はそれぞれ、色々な事情を抱えて生きるものだ。

「…フッ」

「ふ?」

「ふぉーふぉっふぉっふぉ!!!」

 と、突然、能面のような顔をしていた童虎が大笑いし出した。

「な、なんだ? どうしたんだ、一体?」

 まじまじと、シオンは童虎を見る。その様子を見て、さらに童虎は笑い出した。

 シオンは、口をパカッとあけたまま、童虎を見ている。

 ややあって、笑いの収まった童虎が、今度は含み笑いをしながら話しかけてきた。

「シオンよ。お前も不純な奴よのう」

「な! 何を突然」

「しらを切るなて。わしは知っておるんじゃぞ。お前がな…」
 と、そこで言葉を切ると、シオンの側までやってくる。

 童虎は、シオンの耳元で、そっとささやいた。
「ある少女に、年甲斐もなくトキメイテしまっとることをな」

 その瞬間、ぴくっとシオンのこめかみが動いた。童虎はそれを見逃さない。彼はとどめを刺すことにした。

「突然、教皇を辞めると言い出したのは、それが原因かの?」

「ななななななななにをいいだすんだ? そ、そんな不純な動機で、私が教皇を辞めるなどと、いうわけがないだろう?」

「ふぉっふぉ。まあ、そういう事にしておいてもいいがのう。…だが、わしは見たんじゃよ。あの娘がお前のとこから帰った後、部屋中を真っ赤になりながらクルクル回ってゴンゴン頭をぶつけながら、『教皇なんてやめてやるー!』と、お前が叫んでるのをなぁ」

 シオンに背を向けながら童虎が言った。

「ちょーっと、まったー!!」
 帰ろうとしている童虎の背に、シオンは声をかけた。

 なんじゃ、と童虎が振り返る。

 数秒間、シオンはぱちぱちと瞬きした。そして、ちろっと伺うように童虎を見ると、少し顔を赤くしながら言った。

「それ……、誰にも言わないでおいてくれ……」


*********************************


 ここは人馬宮。アイオロスのいる宮である。

 アイオロスは、何かを描きながら笑っていた。

(教皇か…。13年前は、うっかり殺されてなれなかったからな…。今度こそは!)

 推薦された者達の意思に関係なく話は進んでいるようにみえたのだが、意外とそうではないらしい。彼は、教皇になる気が、十分あるようだ。

(絶対になる! 教皇になったら、サガと…)

 しかし、動機は不純だった。表には書けないような内容を、彼は心に描き出している。

 その夜、時々フッと笑いながら、アイオロスは必死に何かを描き続けることになる。必死に描いている何かは、次の日に分かるだろう。


*********************************
 

「うそつくなー!!!」
 相手の耳を攻撃するような、切り裂くような大きな声で、カノンが怒鳴った。

「か、カノン。もう、夜の8時だ。近所迷惑だから、そんな大声を出さないでくれ」
 耳を押さえながら、サガがあやすように言う。

 ここは双児宮。サガとカノンの居る宮である。

「オレが大声出すのは、お前のせいだろう! なぁ〜んで、うそつくんだよ! 教皇になる気がない、なんて」

「それは違うよ、カノン。私は、教皇になる気がないとは言っていない。教皇に、なってもならなくてもいい、と言ったのだよ」

「一緒じゃないか!」
 ふん、とカノンは横を向く。が、すぐにまた、思いなおしたようにサガのほうを見た。

 ニッとカノンは笑う。
 サガは、何だ、と不思議そうにカノンを見た。

「なあ、サガ。人間正直に生きるのが一番だ。欲望のままに生きるのは悪い事じゃないさ」

 カノンの言おうとしている事が分かり、サガはやれやれとため息をつく。

「だから、私は、別になれなかったなら、本当にそれでも構わないって…」

「フッ、隠すなよ、兄さん。オレは知ってるんだぞ。兄さんにもおれと同じ、『すきあらばトップにおどり出て、みんなから注目を浴びつつ、世界を自分の前にひれ伏させ、人をあごで使うような生活がしたい』という欲望があることを」

「……カノン、お前、そんな欲望があるのか?」

「ああ! ある!」

 カノンは、キッパリ言いきった。その姿は、非常に潔かった。

 サガは、果てしない脱力感に襲われ、何も言う気になれなかった。

「ああ! 言い争っている場合ではなかった! 選挙といえば、選挙活動! 選挙活動といえば、まずはアレだ!」

 脱力サガを無視して、カノンは部屋中をバタバタと移動し出した。

 そして、彼もまたアイオロスと同じく…。
 一晩中、何かを必死で描いていた。



*********************************
 翌日…。

 聖域に、女神の聖闘士全員が集められた。そして、沙織から、選挙のことが告げられた。

 サガとアイオロスの2人のうち、どちらかを選ぶこと。選挙権があるのは、女神の聖闘士だけであること。

 この2点が、説明された。



「選挙かぁ…」
 つまらなそうに、星矢がつぶやいた。

 選挙の話を聞いた、その帰り道である。星矢の隣には、美穂がいる。

「ねえ、美穂ちゃん。選挙って、なんだか知ってる?」

「え? あの、学校とかでやるじゃない、生徒会長とか決める時に。そんなようなものよ」

「う〜ん、オレ、学校行ってないからよく分からないや」

「そ、そう…」

 美穂はやや、引きつった笑いをした。

 その時、ふと、2人の目に、ある物がとまった。

「なんだ? これ?」

 何かが壁に貼ってある。星矢は、ベリッと、その貼ってあるものを、壁からはがした。

「何? それ」

 美穂が星矢の手元を覗き込む。
 そこには、こうあった。
小さな頃からマッスルで 14で‘アニキ’と呼ばれました
マッスルエリートが送ります
みんなのアニキ アイオロスをよろしく!

「こ…これは……」

 そう、それは選挙ポスターだった。ポスターの中心には、ポーズをとったアイオロスが描かれている。その絵は、下手だった。幼稚園児の落書きレベルだ。

 なんとも言えない表情をしながら、星矢はそのポスターを壁に貼りなおそうとした。

「ん?」

 その時彼は、気づいてしまった。横にもう1枚、似たような紙が貼ってある事に…。

「どうした……はっ!!」
 星矢の方へ近づこうとした美穂も、どうやら気づいてしまったようだ。

 そのポスターには、こうあった。

一回で二度おいしい 一人トークショーが魅力です
昼の白 夜の黒 あなたの御好みで変わります
はかなげな美人 サガをよろしく!

「は、はかなげ…?」

「ま、まあ確かに、あの人きれいだったとは思うけど…」

 2人は顔を見合すとにっこりと微笑みあった。

「ねえ、美穂ちゃん。あれ、なんだったんだろう?」

「さ、さあ…。気にしない方が良いと思うわ」

「ああ、そうだね。オレ、忘れることにするよ」

「え、ええ。それが一番ね」

 うつろな笑いをしながら、2人は家へ帰っていった。




 言い忘れたが、サガのポスターの絵も、アイオロスと同じ、幼稚園児レベルの絵である。

 カノンとアイオロス、2人が一晩中描いていたのは、このポスターなのであった。

 ちなみにこのポスター、町のいたるところに貼られている。もちろん、無許可だろう。


 選挙という名の戦いは、もう、すでに始まっていた。




つづく

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