Musical Fidelity A1

家のメインアンプはMusical Fidelity社のA300Referenceを使用しているとMusical FidelityA300Referenceのページで紹介しました。「Musical Fidelityを使っている。」とオーディオ好きや、オーディオ店の店員さんに言うと「A1ですか。」とよく言われます。要は、Musical Fidelity=A1みたいに言われる訳です。確かに、未だ中古市場でMusical FidelityA1はよく見掛けますし、Musical Fidelityを代表する製品だと思います。また、そのデザインは圧倒的です。フロントパネルの下部が斜めに奥側に曲げてあるアンプなんて日本では考えられません。ヨーロッパを象徴するようなデザインです。薄型で天板が放熱板になっており、上に物を載せられないばかりか、目玉焼きが焼けるとも言われ、相当熱くなります。カタログではA級バイアスと記載されており、熱くなるのも肯けます。A1の場合は、放熱板が外に露出している訳ですから余計に熱く感じます。(実はアキュフェーズやラックスのA級バイアスのアンプでも、アンプ内部の中の放熱板は、A1と同じくらい熱いのですけどね。)
ところが、そんなしょうもないアンプでも世界中にファンがいて、その音質に魂を奪われた人も多いようです。
私は、以前からセパレートアンプ至上主義でしたので、単身赴任先以外はプリメインアンプ(インテグレーテッドアンプ)を使ったことがなかったのですが、頭の片隅にはいつもこのMusical Fidelity A1がありました。それは、Musical Fidelityの愛用者(と言うか信者)なのにA1の音を知らない、と言う負い目や、「音は良いんだけど目玉焼きが焼けちゃいそう。」と言う話題にも「仲間に入れて」と言う願望がありました。
そんなこんなで、先日、地元のハードオフに立ち寄ったところ、Musical Fidelity A1の中古が3万円台で販売されているではありませんか。思わず衝動買いしてしまいました。(1日は考えたけど。)三河地方のハードオフには、結構多くのMusical Fidelity製品があります。これも岡崎のオーディオ屋H&Kのおかげでしょうか。(H&Kは一時期Musical Fidelityの正規の輸入元だった。)
Musical FidelityA300Referenceのページでも書きましたが、Musical Fidelityはイギリスの新興オーディオメーカーで、昔から結構いい音させておりました。カタログが物凄くシンプルで、特性至上主義みたいな日本の製品と違い、カタログにテクニカルな賛辞が全くなく、H&Kの社長も「感性で売る!」と言っておりました。A1は、その最たるもので、回路と作りのチープさは否めませんが、社長の言うとおり、感性に訴えるものがありました。

↑ 写真は当時のカタログのものです。↓ 下は設計者であるアントニー・マイケルソンさんの紹介です。イギリス本社のカタログを日本語化したものと思いますが、ここでもテクニカルな面をアピールするのではなく、感性に訴えてますね。(日本の企業とは一味違います。)

実はハードオフでもっと値切ろうと思い、音を聴かせてくれ、と頼みました。1980年代のアンプです。当然ガリや接触不良はあると思い、現状渡しでいいから(6か月保証になっていた。)もっと負けろと言いたかったのです。(以前、この手で1万円ほど下がったこともあった。)
しかし、どうでしょう、どこを弄っても悪いところがないのです。完全な商品です。最後に店員から、「スピーカ端子が折れているけど良いですか。」と聞かれました。おまえ、そんなことも知らんのかと思い、「心配ないよ。これはバナナプラグ専用端子だよ。」と言ってしまいました。「あちゃー」です。自分から値切るポイントを放棄してしまいました。完全な敗北です。

↑ これは、後年発売されたA120のカタログです。値段は大幅にアップしてますが、中身は縮小されてます。製造コストを下げ、販売価格を上げた買ってはいけない製品でしょうか。(ところで、中庸の妙ってなに。)

ハードオフでの性能検査は異常なしだったのですが、贔屓目に見ても30年は経過している製品です。そのまま音出ししても良い結果が出るとはとても思えません。まずはメンテナンスを行いましょう。特にこのアンプは目玉焼き器とも称されるものです。部品の劣化も相当なものでしょう。
とりあえず、回路図を起こします。現物のプリント基板から起こしたので誤っているかも分かりません。海外サイトの手書き回路図も参考にしましたが、回路も使用部品も若干の違いがあります。人によるミスなのか、年式の違いなのかは分かりません。使ってる部品はいい加減で、トランジスタ等は左右チャンネルで違うものが使われていたりします。イギリス製なのに、アメリカンな感じもします。

回路図

↑ EQアンプはTL084を上手く使ってます。TL084は1パッケージで4個のオペアンプが組み込まれています。4個の内2個がL,RのEQ、残りの2個を12V電源に使用しています。

↑ やはり日本製のアンプとは回路が違います。回路の特徴は次のとおりです。

① フォノEQは、初段がトランジスタ1石でEQはオペアンプICを使用したNFB型です。トランジスタのエミッタ抵抗を切り替えてMCにも対応させてます。(カタログではMCの入力は120Ωとなってますが、切り替え機構はありません。)オペアンプが4個が1つのICにパッケージされたもので、2個をL、RのEQ、残りの2個を12V電源に使用してます。
オペアンプICのTL084は現代のオペアンプと比較し雑音が大きく、日本のアンプでEQに使用された例はないと思います。しかし、この手のICは音質が良く多少の犠牲を払っても使いたいと言う気持ちは分かります。
電源に2個のオペアンプが使用されているのは、ツェナーダイオードに置き換えても動作すると思います。何を狙っているのかは、凡人には分かりません。かなり手の込んだシャント型電源と言うことでしょうか。

② ラインアンプも同じTL084を使用しています。まず1個目で-3dBの増幅、2個目で最大21dBの増幅をします。L、Rで4個を使用します。ここでまた疑問です。1個目のオペアンプは何の役割をするものでしょうか。凡人では分かりません。
なお、ボリウムは負帰還抵抗の場所に挿入されてます。雑音低減には効果があると思いますが、小音量時に負帰還が増大し回路が不安定にならないのでしょうか。また、ボリウムにガリが発生した場合、最大音量となってしまいます。(膨大なガリ音が発生する恐れあり。)心配です。またまた、凡人の理解を越えてます。

③ 最大の難問はメインアンプです。日本のメインアンプとは全然違います。出力段がエミッタ接地になっており、プラス側にPNP形、マイナス側にNPN形を使用し、利得を持たせてます。日本製のアンプのほぼ100パーセントが、コレクタ接地(エミッタフォロワー)を使用し利得を1としていることから考えると凄く不思議な気がします。(ラジオ等では石数を減らすためよく使われましたが。)
初段は上下に差動増幅が2組、その2段目と3段目(ドライブ段)がコレクタ接地で電圧増幅はしておりません。
Musical FidelityA300Rのページにも書きましたが、この時期のMusical Fidelityは一貫してこの様な回路を採用しています。

↑ 中身はこんな感じです。終段トランジスタのコレクタ配線はトランジスタのCANケースに直接半田付けされててます。(またですね。イギリス製なのにアメリカンな感じ。)ロータリースイッチ、押しボタンスイッチ、チューブラ電解、ボリウム、SP端子は日本製です。小型トランジスタはセンターベースなので日本製のセンターコレクタとは違います。電圧チェック時に感覚ずれを起こします。

補修

設計者の意図を汲みつつ経年劣化した部品を交換しました。
① TL084CNは、無難にOPA4134PAに変更しました。ノイズレベルが違います。
② BD137、138は2SB1018、2SD1411に更新しました。(単純に日本製が一番と思ったからです。)
③ MJ2955、2N3055はMJ15003、15004に変更しました。(後期バージョンではこれが使われているそうです。)
④ 電解コンデンサーは、全て新品に交換しました。(これは補修の定番です。)
⑤ その他、バナナプラグ専用のスピーカ端子を普通のものにしたり、ロータリースイッチを清掃したり、シャーシに放熱穴を開けたりしました。
⑥ パワーアンプの初段トランジスターも新しいものに替えようと思いましたが、バイアス電流が変わってしまう可能性がありますので、オリジナルのまま使うことにしました。(次項参照)

終段バイアス電流調整

回路図を参照すると分かるのですが、Musical Fidelity A1には内部に調整用の半固定ボリウムが一つもありません。(これが音質アップに繋がっている?)アッセンブリ後の調整が一つもないと言うことです。日本のプリメインアンプで調整箇所のないものなんて、安いICを使ったチープなアンプでしか見たことがありません。A1もその様なアンプと同じなのでしょうか。
回路を良く見ると分かるのですが、A1は凄く賢いことを行って終段のバイアス電流の安定化を図っているのです。目玉焼きアンプと言われるほどのアンプですが、意外と熱暴走は起こらない様です。サーミスタやダイオードによる熱補償回路がないにもかかわらずです。トランジスタの熱特性は正に働きますから、温度が上がれば上がるほど電流が多く流れ、益々温度が上がり最終的には熱暴走で破損します。
では、A1はどの様にして熱暴走を回避しているのでしょうか。負帰還(NFB)の取り出し位置でこれを制御しているのです。通常、NFBは、出力であるスピーカー端子から初段のマイナス側入力に掛けられますが、A1では、スピーカー端子ではなく、R30、31のコレクタ側から初段のマイナス側入力に掛けられています。もしもバイアス電流が1Aだったら0.47Vの一部が帰還されている訳です。したがってR30、31とR6、11を任意に決定すれば、素子が故障しない限り、安定したバイアス電流が得られるのです。(ベースの直流電位を使っていることに一寸の不安はありますが。)
しかし、これによる音質への影響は出ないのでしょうか。交流的には、NFBループ内にR30、31が入らない訳ですから、スピーカー出力の内部抵抗の増加(ダンピングファクターの悪化)が考えられます。
でも実は、この時期のMusical Fidelityのパワーアンプ(A300やP180シリーズ)は、わざわざスピーカーと出力回路の間に抵抗が挿入してあるのです。(0.47Ωを2個並列にしたもの)無線と実験誌の製品紹介コーナーでは、何のためのものなのか?と書かれていたと思います。私も何のためのものなのかは分かりませんが、設計者はスピーカーに直列に抵抗を挿入しなければならないと思っている訳ですから、この回路は一石二鳥な訳です。
真空管アンプの設計者である上杉佳郎さん(もしかしたら森川忠勇さんかも)が言っていてましたが、ダンピングファクターなんてものは、高けりゃ高いほど良いって言うもんじゃないのだそうです。A1の音が真空管に近いと言われる一因がここにあるのかも知れません。
(また、この画期的なバイアス調整ですが、真空管の自己バイアス回路と似てますね。)

↑ 見事な基板デザインです。ボリウムはその後、端子側を上に向け、リード線で基板と接続しております。基板に直付けだとツマミ位置が固定されエスカッションと擦ってしまいました。最初、基板の固定ネジが外されていたのですが、基板を無理に持ち上げ、ボリウムの固定ネジで無理に上方向に固定していたからだと分かりました。補修後、基板はネジで固定してあります。

↑ 補修後の様子です。苦労した割にあまり変わってません。電源部の電解コンデンサがチューブラ形(アキシャルリード)からラジアルリードの通常品になってます。この手の部品、最近見かけないですね。以前、TACと言う真空管屋のオヤジが言っていたのですが、電解コンデンサをメーカーに発注する場合、千個以上で前払いだそうです。真空管パワーアンプの終段のバイパスコンデンサに使用する180V150μFのチューブラ電解なんかは特注になるので、そのように注文しないとダメみたいで、ボヤいてました。(TACのオヤジ元気かな。その節は助かりました。)
なお、バイアス電流は、何も調整しなくても正確に0.7A前後になってました。

A級詐欺問題

Musical FidelityA300のページにも記載しましたが、A1も同様です。カタログにはA級バイアスと書かれておりますが、そんなことはありません。いくら最高出力が20W+20Wと言っても完全A級にするにはバイアス電流と放熱器の熱容量が足りません。実際のバイアス電流を測定しますと0.7A程度でA級範囲は8W程度です。それでもこれだけ熱くなる訳ですから、フルパワーまでA級にしようとした場合、本当に目玉焼き器になってしまいます。(個人的な意見としては、この程度のバイアス電流で十分と思います。)
A級バイアスの欠点としては、電源への負担が大きくなることです。無信号時にも大量の電力を消費しているのですからリプルが増え、雑音が増加します。NoNFBアンプを製作するとよく分かるのですが、バイアス電流を増やしていくとスピーカーから「ジー」と言う雑音が増えるのです。アンプ基板からスピーカー端子までの数十センチのリード線にトランスからの漏れ磁束が誘導し、雑音となる場合もあります。B級アンプであれば無信号時は電気を使いませんのでリプルも漏れ磁束も少ないですし、最大信号の時は音楽信号にマスクされて雑音は聴こえません。よくカタログ文句に、「A級だから雑音が少ない」と書かれているものがありますが、全くの誤りです。
それと、熱対策が問題です。電解コンデンサーは周囲温度が10度上がると寿命が2分の1になると言われています。メーカーのホームページに詳しく解説されてます。
ネットで何か放熱の方法はないかと探していたところ、ありました。ノートパソコン用の冷却装置です。大きな冷却ファンが5個も付いていて、3千円程度と格安です。静音もまあまあです。電源も余ったUSB・ACアダプタがあればよく、速度調整も付いてます。山洋のACファンユニットの半分の値段で5個のファンがアッセンブリーされた装置が買えるなんて凄い。中華製大好きです。

↑ 昼間ならまあまあ良いのですけど、流石に夜になると一寸うるさいです。(青のLEDもうるさいです。)サイズもぴったりなこのファン、PS4や大型ノートパソコンの冷却用ファンとして売られてました。(A300の上に置いて視聴中。10度以上改善されます。)
エーファイブと言う会社の製品です。(A1の上にA5、運命でしょうか。)

コラム

ロータリースイッチの接点

ロータリースイッチはメイン基板から取り外し清掃しました。清掃は上質紙にアルコール付け、接点をゴシゴシします。でも、その後が問題なんです。そのままにしておくか、オイルを塗布するかです。買ったばかりのスイッチはオイルが塗布してあります。これは必要なものなのか、もしかしたら、このオイルの経年変化のために接触不良が起こるのではないか、でもオイルがなかったら接点が摩耗し接触不良になるのではないか、と色々考えてしまいます。(オープンリールの頁参照)今回も散々考え、ほんの少量のナノカーボンを塗布することにしました。間違ってるかも知れません。
過去の高級プリアンプ等に使われていた6連ボリウムなんかは、軸にグリスが塗ってないと回す感覚がゴリゴリするので、大量のグリスが塗布されているのですが、経年で摺動面の抵抗体に染み出すと、どうしようもなくガリになります。やっぱり接点には油分は禁物なのです。
ナノカーボンに使用されているオイルは深海ザメの油だそうですが、だから何?って感じです。経年での耐久性について、ユーザーがもっと安心できる情報はないものでしょうか。(滅茶高価だし。下のビンは5mlですが、使い切りの0.2mlでも販売している様です。)

 

 

音質

使っていて気になったことがあります。ボリウムを上げたまま電源スイッチを入れると「ポコ」っと言います。日本的な感覚からすると我慢できないことかも知れません。ここは英国紳士になって必ずボリウムを下げスイッチを切ります。
また、電圧を計測して分かったのですが、この個体、AC110V仕様の様です。(そう言えば買った時から100Vシールは貼ってなかった。)メインアンプの供給電圧は本来±24Vなのですが、±22Vしか供給されてません。普通のアンプであれば最大出力が若干低下してしまうため悲しいことですが、Musical FidelityA1の場合は発熱量が1割減となり、一寸嬉しいです。
なお、終段がエミッタ接地なので、±22Vでも規格値の20Wは十分クリアしていると思います。
肝心の音質ですが、Musical Fidelityらしい音です。何の不満もありません。真空管アンプっぽいと言えばそうですが、寝ぼけた感じではなく、直熱管みたいな非常に明瞭な音です。この様な音を聴くと、知った人はよく「中域が厚く、レンジの狭い音」と表現されがちですが、これは多分負け惜しみでしょう。中域は音楽の基本ですから、これが厚いのは音質上の大きな利点です。(素人がその様なことを聞くと、蒲鉾型周波数特性のラジオの音を想像しますが、全然違います。)低域や高域も十分なパフォーマンスがあったとしても、何故かそう言われてしまうのです。(特に真空管アンプで顕著なんですが。)
文字で書くのは難しいのですが、要は、音は良いと言うことです。(勿論、Musical Fidelity信者の私が言うのですから、全然当てになりませんが。)
出力は20Wと小出力ですが、向こう3軒両隣から苦情が来るほどの爆音が出せます。(真空管で20Wだったら大出力ですからね。)
また、残留ノイズやトランスの唸りは割と小さいです。(日本製の標準的なものより一寸大きいかな。)
まあ、そんなこんなで世界中で売れた訳が分かった気がします。発熱は手で触れないほどですが、これは日本製のアンプも同じです。触れることができる構造か、そうでないかの違いだけです。あまり気にせず行きましょう。
放熱板の包絡体積が少ない(放熱用のフィンがない。)ための良いこともあります。放熱板鳴きが全然ありません。長岡鉄男さんが聞いたら泣いて喜ぶと思います。天板を叩いても鈍い音しか出ません。これはGOODです。(しかし、長岡鉄男さんからは「ボリウムと入力セレクタのツマミがプラでスカスカなのでエポキシを充填しなさい。」と言われそうですが。)