小池輸入レコード店

あの時のあれは一体何だったんだろう。と言うような経験を思い出すときがあります。
今はもう閉店してますが、名古屋の新栄に小池輸入レコード店と言うレコード屋がありました。店主は、かなりの年配ですが、活力ある爺さんでした。一時期、たけしが出演していたテレビ番組で「レコードを売らないレコード屋」として紹介されたせいで、全国から冷やかし客が来たそうです。
定期的にレコードコンサートを開催していたり、名古屋プレイガイドジャーナル誌に広告を出していたので、名古屋周辺の音楽好きには結構有名なレコード屋だったと思います。
地元のちょっとした音楽仲間の飲み会なんかで、小池輸入レコード店の話をすると凄く盛り上がったりします。
商売の仕方が特殊だったので、オーディオや音楽の好きな人のホームページなんかに結構紹介されています。私も不思議な体験として紹介したいとます。

↑店主の小池弘道さんは月刊なごやの1997年8月号の「なごやサロン」で紹介された人物です。

初めての来店

時は1980年代の初頭、まだインターネットがない時代、輸入盤のレコードを専門に販売するレコード屋なんて名古屋では1、2軒しかなかったと思います。現在、有名アーティストのライブCD(非正規もののやつ)は大規模店でも販売している様ですが、当時、名古屋では、そんなものを売る店は、ほとんどありませんでした。
そんな中、近鉄百貨店の輸入盤コーナー(現在タワーレコードが入ってますが、当時まだありませんでした。)に、真っ白なジャケットにモノクロ印刷の紙ぺらが1枚が付いた安っぽいレコードが売られていました。輸入盤はビニールパックされてましたので、そんな状態でもジャケットと紙がばらばらにならず販売できたのです。ふと見るとビートルズのライブインジャパンがあるではないですか。そんなものは東芝EMI(当時の正規盤の販売元)からは出てないはずです。早速購入し、家で聴いたところ、本当にビートルズの日本公演のLP盤だったのです。(その後LDで正規に東芝EMIから発売されますが。)
そんな非正規のレコードが世の中にあったなんてビックリです。その後、ロッキンオン誌やレコードコレクターズ誌の広告で海賊盤(ブートレッグ)と言うものの存在を知り、「名古屋でどっかこの手のレコードを沢山売ってるとこないかな。」と思い探していました。
そんな時、名古屋プレイガイドジャーナルを見ていたら「小池輸入レコード店」の広告が目に入ったのです。これは行くしかありません。

↑ 海賊盤も1980年代半ばにはカラージャケになったり、おまけが付いたりしてました。

↑ 1980年代前半の海賊盤カタログです。この頃は1枚が1800円くらいでした。(正規盤が2500円だった。)東京西新宿にはこんなショップが数十軒はあったと思います。
1981年のカタログ表紙には「プライベート盤」、1983年以降は「貴重盤」と表記されています。海賊盤専門店Kinnieはその後、ディスクランドに改名し、海賊ビデオ屋になりました。(この手のものの最先端を行ってました。)
講談社文庫から「ビートルズ海賊盤事典」が出版されたのも、ちょうどこの頃でした。(その後、ビートルズアンソロジーとともに海賊CDの大ブームが起こる。)

小池のじじい

場所はすぐに分かりました。新栄の雲竜ビルの隣です。ショーウィンドウにレコードジャケットが飾ってある変なお店でした。
玄関を開けると土間があり奥が和室です。数人の男が車座になってました。割と大きなスピーカーと管球式アンプ、古いプレーヤーが置いてありました。レコードはありません。
中から爺さんが出てきて「まあこっちい入りゃあ。」(こんな感じか忘れましたが、コテコテの名古屋弁です。)と言うのです。
それから次々に質問されます。
「おみゃーさん、レコードは何枚くらい持っとるの。」
「持っとるレコード入っとりゃせんぞ。」(音楽が入ってないと言う意味)「持っとるレコード、みんなパーだわ。」
「スピーカーはどこのを使っとる?」、「大分損したなあ。」
「おみゃーさんの持っとるレコードは普通列車だわ。うちのは新幹線や。」
(うーん、小池の爺さん感じが出せません。私は名古屋弁に詳しくないので、どう言う感じかは、他の人のHPかYouTubeを参照した方が良さそうです。)
こんな訳で海賊盤どころか輸入盤のゆの字もありません。どうなっているのでしょう。店主は自分が売っていっるレコードこそが本当の音で、それ以外の盤には音など入ってないと言うのです。
「おじさん、僕は音なんかどうでもいいんだよ。好きな音楽が聴ければ、音が良かろうが悪かろうが関係ないじゃん。」(本当はそう思ってないけど。)と反論すると、
「まあええ、1曲聴かせたるわ。おみゃーの持っとるレコードと比べてみい。」
爺さんのかけてくれたレコードはソニーロリンズの「ビレッジバンガードの夜」です。確か「チェニジア夜」だったと思います。
これが衝撃的です。ドラムの音が本物のドラムのように聴こえたのです。シンバルだってぶ厚い金属の音がします。「なんじゃこりゃー!」って感じです。演奏が終わり、ふと爺さんの方を見ると「ざまーみろ。」みたいな目でこちらを見ています。(多分、私の目は、点になっていたと思います。)完全な敗北です。その日は、そのまま帰りました。
ところで、客の何人かはレコードを売ってもらえたようです。普通は客がレコードを選ぶのですが、ここの店は店主が決めます。客は万札で払いましたが、爺さんはお釣りを返しません。不思議に思い「いくらですか。」とその客に尋ねると(他人が尋ねるにも変ですが)
爺さんは、「たわけ、お金じゃないわ。おみゃーとっとと帰りゃあ。」です。意味が分かりません。

レコード探し

それから機会あるごとに輸入盤のソニーロリンズ「ビレッジバンガードの夜」を探しました。今だったら色々な「ビレッジバンガードの夜」があることがインターネットで瞬時に分かりますが、当時は書籍か、レコード屋の店員による情報のみの世界です。(当時のレコード屋の店員は音楽やレコードに矢鱈と詳しかった。)輸入盤情報なんてほんの一寸しかありません。結局買って聴いてみるしかありません。
また、当時はの輸入盤の評価は、概ね次のようなものでした。
・スクラッチノイズが大きい
・盤が反っている
・ジャケが安っぽい
・埃っぽい
・内袋が破れている
・ライナーが付いてない
そもそも当時の音楽雑誌やFM誌には、輸入盤は粗悪なものが多いから買ってはいけない、と書かれていました。学生だった私はそれを鵜呑みにし、全く疑いませんでした。友達もそうだったと記憶しています。また、輸入盤は通常、値段も安かったので、国内盤は高級品、輸入盤は3級品みたいな扱いでした。(雑誌は、スポンサーである国内企業の悪口何か書く訳ないですよね。学生は騙され安いです。若い時ですから、活字を盲目的に信じていました。今は疑うことばっかです。なまんだぶなまんだぶ。)
ところが実際に輸入盤を買ってみると、やけに音が良いものがあるのが分かります。また、同じタイトルの盤でも契約更新等で発売元が変わると音が変わるのが分かります。「ブルーノートはバンゲルダーの音だ。」とか言いますが、東芝EMI(当時の国内盤の販売元、良い会社です。)のプレスしたレコードだけを聴いていても、その良さが分からないのです。(その後、ジャズ、クラシックでは、オリジナル盤の大ブームが来て輸入盤の価値が上がるのですが、当時は廉価盤扱いだったと思います。)

しかし、結局、小池輸入レコード店で聴いたあの「ビレッジバンガードの夜」には巡り合えませんでした。

↑これは、小池輸入レコード店で聴いた音に最も近い音がしたLP盤です。東芝音工のメーカー直輸入盤モノラルです。リバティ盤なので、そんなに高いこともなく、市場での数も多いと思います。(オリジナル盤に近いステレオ盤よりも、断然良い音です。)

再訪

それからもう10年以上は経ったでしょうか1990年代の初めだと思いますが、ふらっとまた小池の爺さんのところに立ち寄ったのです。当時の私は、もう社会人で、オーディオの知識も(お金も)少しはありました。
爺さんは相変わらず同じ質問をします。「おみゃーさん、レコードは何枚くらい持っとるの?」
一通り答え、それから質問を押しのけこちらから、「良いアンプですね。ヨーロッパものですか。」とか「壊れたら何処で修理するんです?」みたいなことを聞きました。そうしたら爺さんは「これか、だいぶ前にコンデンサーが悪くなり音が出んくなった、取り換えたら元の音じゃなくなって部品探すのに苦労したわ。」(と実際はコテコテの名古屋弁で言った。)
ここで気付きました。「音の秘密はレコード盤ではなくオーディオセットにあったんだ。」と
でも確信は持てません。爺さんの話を3時間くらい聞いていると、「おみゃーさんジャズが好きか」と尋ねられたので、持っているレコードはジャズが一番多いと答えると、「1枚やるで持ってけ、その代り今おみゃーさんの持っとるレコードは全部要らんくなる、パーだわ」「1万置いてきゃえーわ、ええレコード貰ったで、礼の手紙を書きたくなるぞ」みたいに言われました。
知っていたとおり、こちらに選ぶ権利はありません。そのレコードはOJC盤のジョンコルトレーンの「ブラックパールズ」で、市場価格は1800円位です。安いところなら1300円位で買えます。当時OJC盤は貧乏人のジャズマニアには神様みたいな存在でした。
偶然、同じものを持ってました。これは好都合です。家に帰って聴き比べれば、小池輸入レコード店の音の秘密がレコード盤なのかオーディオなのかが完全に判明します。

ところで、爺さんに「アンプくらい壊れても修理すりゃ良いけど、おじさん、健康には気を付けにゃあかんよ。」みたいな話をしたときに、「わしはもう、一度死んどるんだわ。」と病床の写真を見せてくれました。どこかの産婦人科らしいのですが、本当に死んだ感じで写ってました。(口を開けて白目をむいていた。)音楽好きの産婦人科医の知り合いが命を助けてくれたそうです。

↑「ブラックパールズ」はその後、オリジナルに近いRVG盤も購入しましたが、OJC盤も決して悪くはありません。
エリックドルフィーの「ライブアットファイブスポットVol.1」等、収録時間が長い盤では、むしろオリジナル盤よりもOJC盤の方が良い音です。

試聴

家の「ブラックパールズ」と小池「ブラックパールズ」を聴き比べました。どちらも良い音です。雑誌等によるOJC盤の評価は、ジャケットがペラペラ、音もペラペラでしたが、私の評価では、ジャケはペラペラだが、音は抜群と言う感じでした。(ジャズの評論家でそう評価している人もいたが、音楽雑誌での音質評価は概ね低いものだった。)
外見が全く同じなので、下手をすると、どちらが小池盤か分からなくなります。小池盤には丸いシールを貼りました。
ここで結論が出ました。家盤と小池盤の音は全く同じです。ランアウトの記述も同じなので、同じスタンパーからプレスされたものです。
あの音は、やはり、あのオーディオが作っていたのです。
小池輸入レコード店のオーディオセットの詳細は、刈谷市のオーディオショップSUNVALLEYさんのホームページY下さんのコラム「私のオーディオ人生」(勿論、当時はそんな素晴らしいホームページはありませんでした。)で確認していただくとして、(Y下さんありがとう。いろいろな疑問が解けました。)若かった私は、小池のじじいに文句が言いたくて、翌日また店に行きました。

クレーム青年

物を売るのに同じ商品でも値段が違うのは当たり前です。寅さんだって物を売るときには言ってます。「かどは一流デパート、赤木屋、黒木屋、白木屋さんで、紅、白粉を付けたお姉ちゃんから、くださいな、頂戴な、でいただきますと、5千、6千はくだらない品物、今日はそれだけくださいとは言わない、ただ、持ってけドロボー・・・」安く仕入れて高く売るのが商売です。詐欺でなければ良いのです。「このレコード盤は音が良いよ。高いけど。」では売れません。実際の音まで聴かせて、うちのレコード盤は音が良いと言って売っているのです。何も問題ありません。
音が良いか悪いかは感性の問題です。同じレコードでも、こっちの方が音が良いと言われれば、何も間違ってはいません。音が歪んでいたら文句を言っても良いと思いますが、そうでなければ文句は言えません。(高くて美味い蕎麦屋が、不味くても文句は言えません。)
しかし、当時の私は若く、「騙された。」と思ってしまったのです。また、「裏切られた」とも感じました。
試聴した同じレコードを2枚持って行き、「どっちが昨日売ったやつか分るか、じじい!」と言うような具合です。
爺さんも分かっており、「損して得とれと言う言葉を知らんのか。」と言います。うちにはまだまだ良いものがあるのが分からんか、と言うことでしょうか。
「バカ言っとんな。金返せ。」と私(普段はこんなこと言いません。)
「返すから、もう2度と来るな。」
そんな具合です。それから一回も小池輸入レコード店には行っておりません。
ただ、気にかかることは、返品した方のレコードが私が最初に持ってたやつで、今私が持ってるのは爺さんから買ったやつなんです。シールで分かりました。全く同じものなので問題ないとは思いますが、その時は気が立っていたので分かりませんでした。
それから何年か経って、葉書で小池の爺さんが亡くなったことを知りました。

小池輸入レコード店のオーディオセット

確かに良い音でした。生より生々しいとは、あのオーディオのことでしょう。小さく高性能なスピーカしか聴いたことのない今の学生に聴かせても、たぶん素晴らしいと言うでしょう。
これは1950年代後半から60年代のレコードにも言えることなんですが、生より生々しく加工された音なんです。ブルーノートやプレステッジ盤のバンゲルダーサウンドは、正にそう言った音の代表みたいな音です。
オーディオもそうです。日本みたいに「原音再生」を目標にしていたら小池サウンドは出せません。「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」強引にプラス再生される様に設計されたシステムでなければあんな音は出せません。
時々、その様な、スピーカーから飛び出してくるような音を思い出し、そう言うセットが欲しいな、とは思います。(勿論サブシステムとしてですが。)今のオーディオの様に、決して優等生なサウンドではないのですが、強く、厚く、浸透力のある音でした。
誰か、爺さんの使っていたスピーカーエンクロジャーの図面を持っている人がいましたら教えて欲しいです。(こればかりは、今でも謎とされています。ネットで検索しても出てきません。)

↑ ファンタジーは凄い会社です。コンテンポラリー、プレステッジ、リバーサイド等のレーベルをCD、LPでOJCシリーズとして大量に復刻しています。日本の会社は、売れ線しか復刻しないのに、(復刻するタイトルがいつも同じ)流石はアメリカ、グレイトです。

爺さんの言葉

爺さんは基本話好きなので、もっと沢山のことを語ってくれましたが、何分私の記憶力では再生できません。今から考えればすごく残念です。

・こないだ(かなり昔と思いますが。)小澤征爾と山本直純が来よったが、小澤はわしの話をよう聞いて、わしのレコードで勉強したで、えらい指揮者になりよった。わしのレコードは指揮台で聴いとるのと同じだでな。山本のたわけは人の話もろくに聞かずに帰って、うだつの上がらんたわけになりよった。(私は山本直純のファンですとは言えなかった。って本当に小澤征爾がきた?)
・トスカニーニもフルトベングラーも、わしの友達。(んな訳ないじゃん。・・カラヤンかバーンスタインって言ってたかも)
・ビートルズは、うるさくて嫌いだったけど、良い曲も書くよんなったで、わしが流行らせてやった。(おいおい。)
・グリーンスリーブスはわしが貰った曲(何を根拠に。)
・おみゃー一人で考えとらずに友達連れてこい。(私は友達を失いたくない。)
・あんたに売るレコードないけど、この前来た女の人には直ぐ売っちゃった。この人なら売っても良いって言うのがすぐ分かったで。(じじいは若い女に弱い。)
・ここは会員制のレコード屋だよ。さいなら。またおいでん。(変な客が来るとこう言ってました。会員制のレコード屋って何?)
・うちのレコードは世界中の音楽家から贈られてきたものだ。(そんなレコードで商売して良いの?)
・中区役所で最後のレコードコンサートの時は、これが最後だと言うことを区役所の職員に言わずに、その場で言ったもんだから、後で職員さんに「何が悪かったの。謝るで、コンサートはこれからも続けておくれん。」と言われたが、もうできんと思った。(年ですもんね。)
・このレコードようみてみ、薄くて黒光りしとるだろ。これは入っとるんや。(普通のレコードは、薄くて黒光りしている。)
・ちょびっとだけ教えたる。それ見てみい。(紙を見るとモノラルと書いてあった。うーん、そうかも。ブルーノートの初期ステレオなんかは、モノと比較し音がイマイチだもんね。←後になって分かったことだが。)

( )内は私の感想で、爺さんはもっとコテコテの名古屋弁です。三河弁みたいになってるところがありましたら私の誤記です。

慈善事業として始めたレコードコンサートを40年の長きに渡り続けられ、海外の音楽家からも賛同を得られ、素晴らしい爺さんでした。でも商売の方は、もうちょっと万人に受け入れられるようしたほうが良かったかなと思ってしまいます。

↑ これはLP盤時代の末期の海賊盤ビートルズ「セッションズ」です。ここまでくるともう正規盤と同じです。(それ以上?)その後、職場のロック好きの先輩に「海賊盤みたいな違法物から足を洗い正規盤に乗り換えた方が良い、海賊盤はきりがないぞ、正規盤だけに絞った方が面白いぞ。」と言われ海賊盤はやめました。(川元さんありがとう。)

その他

この記事を書くのに、ググっていると、小池輸入レコード店周辺の中古レコード店に小池盤コーナーがあったのを知りました。年配の小池マニアが放出したのでしょう。私は、1980年代からの小池輸入レコードしか知りません。60、70年代はどんなレコードを売っていたのでしょう。興味津々です。早速そのレコード屋に何があるのかと思い電話したら、「お客さん、いつの記事をご覧ですかー?そんなコーナーもうないですよ。」と言われてしまいました。うーん、残念です。