製造会社本

「音の記憶 技術と心をつなげる」パナソニック役員ジャズピアニスト小川理子著 文芸春秋社
オーディオ機器を製造する側の事情が分かりました。今まで日本の音響メーカーは、物理特性重視で、聴感、感性と言うものは二の次にしているものだと思っておりました。
ところが、それは全然違っていて、テクニクスの研究所では、音楽を再生した時の脳波、呼吸、心拍、皮膚電位、顔面温度等の生態信号を測定し、心地よい音とは何かと言うものを解明していたそうです。また、音響機器の開発及び音質評価は、測定器による「物理特性」を基本とし、その上に、人間による「感性評価」を重視していたそうです。
映像であれば、アナログテレビからハイビジョンへ、ハイビジョンから4k、8kへと、その精細度の進歩は誰が見ても一目瞭然ですが、音響の場合はアナログ盤からCD、DVDオーディオ、ハイレゾと上位規格が誕生しても「繊細になった」とか「ダイナミックになった」と言う感じが、個人により全く違うので研究開発は難しいそうです。
本書の著者は、テクニクス復活の責任者に抜擢される訳ですが、感性重視型の製品づくりをキーワードとしたそうです。「原音再生」へのこだわりは勿論、「音による感動」を最先端のデジタル技術で実現すると言うことをモットーとしたそうです。
そのため、製品の「音決済」として、本人がプロトタイプの視聴を行い、「ここのテナーサックスの音を太くして欲しい」、「この演奏者だったらこう言う音が出るはずだ」と技術者に注文を付けたそうです。技術者も大変ですね。物理特性を向上させるのは簡単ですが、それを保ったまま、音質への要求にも答えなければなりません。(当たり前と言えばその通りですが)
と言う訳で、この本ですが、音響機器を製造、販売する側の事情や苦労が理解でき、とても面白いものでした。また、会社員とプロのジャズピアニストを兼務できる寛容さがパナソニックにあり、(プロのジャズピアニストだからこそできる音質評価は勿論重要ですが)素晴らしいと思いました。名古屋に演奏で来られるときは、是非聴きに行きたいと思いました。

2020年09月13日