EQカーブ補正器

レコードが一般的な市場から姿を消した現在、巷では妙な噂が流れています。私らレコードマニアが盲目的に信じ、信頼してきたRIAAカーブが、絶対的なものでは無かったと言うものです。
それがSP盤時代の大昔の話しならともかく、1970年代まで、別のカーブが使われてたんじゃないかとの疑惑があるのです。私にとってこれは大問題です。
今回、RIAAイコライザーに接続するEQカーブ補正器を製作し、RIAAカーブ以外のイコライザーカーブに対応できる様にしました。これでどんなカーブで録音されたレコードでも安心して聴くことができます。

 

発端は

音友社さんから音友ムックとして面白いものが発売されてます。「レコードが覚醒する! EQカーブ調整型真空管フォノイコライザー、 特別付録:ラックスマン製真空管フォノイコライザー・キット」19,800円で、宣伝文句は「EQカーブ調整型真空管フォノイコライザー」と言うものです。
それが何かと言うと、オペアンプICを使用したNF形フォノイコライザーに、オペアンプを使用したNF形トーンコントロール、最後に真空管を用いたバッファーが組み込まれています。一番の特徴はイコライザーカーブ調整機能を搭載していることです。(回路図も公開されています。)
ここでまた宣伝文句です、「EQカーブは、1950年代に制定されたRIAAカーブというものが一般的ですが、RIAAカーブが標準化される前のレコードは、各社独自のEQカーブでレコードを作っていたので、正しい音で再生するにはカーブを調整する必要があります。本付録のカーブ調整はほぼ全てのEQカーブに対応可能です。使用しているカートリッジやシステムによっても特性は変わるので、自分の耳を頼りにレコードのおいしい部分を引き出してみてはいかがでしょうか。」だそうです。
最初、私は、イコライザーカーブはRIAAカーブしかないのに、どうして調整機能が必要なのか分かりませんでした。このフォノイコライザーアンプは、昔のモノラル盤を聴くためのものと言うことでしょうか。(参考ですが、この付録は勿論ステレオ構成で、型番はLXV-T10でラックスマンさんが製造元のようです。)こんなものは不要です。

↑ 音友社の音友ムックです。電気店で売った方がよさそうなものですが、低価格で良い商品だと思います。一寸前のラックスキットを思い出させます。ラックスマンさん大好きです。

やめて田中伊佐資さん

オーディオ、音楽ライターの田中伊佐資さんのYoutubeが最初だったと思います。
コロンビア(CBS)のポピュラー系のレコードは、1970年代になってもRIAAカーブではなく、コロンビアカーブで録音されているものもあると言う疑惑の流布です。
何かというと、その昔、レコードの録再のための補正カーブは各社まちまちに設定しており、再生側でその会社の特性カーブに合わせなければなりませんでした。これでは都合が悪いのでRIAAは、統一した規格に設定しようと考えました。それがRIAAカーブです。
しかし、田中伊佐資さんは、「RIAAカーブは元々RCA社が作ったもので、たとえ全米レコード協会がRCAの補正カーブをRIAAカーブとして統一規格に指定しても、CBSが「はい、分かりました。RCAさんに合わせます。」などと簡単に言う訳ない」と言うのです。
確かにそうです。1960年代前半頃ならありえない話しでもなさそうです。しかし、これが1970年代まで続くでしょうか。
最初は「そんなことある訳ないじゃん。1960年代でもRIAAカーブはほぼ絶対的で、1970年代にコロンビアカーブなんてあり得ない。」と思ってました。これは音友ムックの提灯記事?
Youtubeでの田中伊佐資さんは、コロンビアのレコードをRIAAカーブではなくコロンビアカーブで再生し、
「全然違う、これが本当だ。」とか「いやー、ぴったとはまりましたね」」みたいに言ってました。
また、それだけでなく、音友のステレオ誌や関連のムックでも大々的に特集を組みRIAAカーブを否定したりしています。今まで同社のステレオ誌やレコ芸で著名な評論家の言ってたことを、ムックを売り捌くために全否定するなんて・・・どうかしてます。

思い当る節

しかし、「RIAAカーブは絶対じゃないかも知れない。」と言うことが頭の片隅にくっ付いていると、自分の中の昔からのちょっとした引っかかりが、どんどん浮上してきます。
サイモンとガーファンクルのLP盤「パセリ・セージ・ローズ・マリー・アンド・タイム」はボーカルのさ行がきつ過ぎないか?とか、デイヴ・ブルーベック・カルテットのLP盤「タイム・アウト」は高、低音が出過ぎじゃないの?とか言う疑問です。
もしかしたらこれらのCBSのレコードはRIAAカーブじゃないかも。と言う妄想が頭の中をよぎります。(こうなるとだんだん不安が増してきます。人間どんなことでも盲目的に信じていた方が幸せな場合が多いです。)
コロンビアカーブはRIAAカーブに比較し偏差が浅いので、それで録音されたレコードを偏差の深いRIAAカーブで再生すると、補正が過剰となり、低音、高音とも強調されてしまう訳です。
うーん、これは音友ムックの「EQカーブ調整型真空管フォノイコライザー」を購入するしかありません。

↑ 気にすれば気になり始めるコロンビアのレコード達。

一寸待て

勿論ラックスマンさんが設計したフォノイコライザーアンプですから購入しても損はありません。しかし、所詮オペアンプを使用した簡易型の回路構成です。普及型のプリメインアンプに採用されたものとほぼ同じです。以下の点が気になり、自分で設計することにしました。
①フォノイコライザーアンプ本体は、好きなもの(HA-2)を使いたい。
②最終段の真空管バッファーアンプは要らない。(また、真空管がLEDでライトアップされているのが気に入らない。
③電源にスイッチング電源が採用されている(それも2段で)が気に入らない。
④トーンコントロールの中心周波数が1kHzなのが気に入らない。(RIAAカーブ、コロンビアカーブとも中心周波数は1kHz前後であるのだが、その偏差を重ねると中心周波数は500Hzとなる。)

設計仕様

結局、フォノイコライザーが必要ではなく、トーンコントロールアンプが必要なのです。だったらプリアンプに附属しているトーンコントロールでいいじゃん、とも思いますが、そこはフォノ専用品として製作することで意欲が湧く訳です。(自作マニアの性?)設計仕様は次のとおりです。
①ボリウムの中間点でフラットな周波数特性となる様にする。(市販のトーンコントロールアンプでは、これに結構誤差があります。)
②中心周波数を500Hzとし、低域は100Hzで±2dB、高域は2kHzで±2dB以上可変できる様にする。可変量が小さすぎる気もしますが、あくまでも補正器として考えました。なお、余談ですが、一般的なA型ボリウムを使用する±10dBのトーンコントロールは、シミュレーションソフトを使うと分かるのですが、中点のフラット差が保たれないばかりか、MIN、MAX時の周波数特性の暴れがあり実用的ではありません。少なくともB型ボリウムを使用した±5dBのもの(今回のラックスマンLXV-T10のもの)にした方が良いと思います。
③コストを下げるためオペアンプを使用したNF形とし、プリント基板は一般市販されているものを流用する。(トーンコントロールごときで基板を作るのが面倒)
④電源回路は、雑音の少ない、オーディオファンから定評のある、従来型のシリーズ電源とする。

トーンコントロール基板

ネットで探したらありました。トーンコントロール基板。NFJさんの「NE5532オペアンプ搭載 トーンコントロール機能付きプリアンプ自作キット Rev3.1_v3」1,500円位で超お買い得です。オリジナルはBASS、MID、TREBLEの3帯域で、最後にボリウムを通す仕組みになってます。
このままでは補正器としては使用できませんので、以下の点を改造しました。
①MID帯域は撤去しました。あればあったで使えそうですが、BASS、TREBLEとの干渉が発生しますので、2帯域のみで十分です。各時定数はシミュレーションソフトで決定し、中心周波数は500Hzとしました。
②オペアンプICはNE5532からMUSES8820にしました。音は変わらないと思いますが、値段が高い方がプラシーボ効果で高音質に聴こえます。
③最後のボリウムは撤去しました。これもあればあったで使えそうですが、何せ約100円の2連ボリウムです。音質劣化とギャングエラーを考えると撤去した方が無難です。
④全体の増幅度はフラット位置で0dBとしました。
⑤可変範囲は±5dB型ですが、これは一部を固定抵抗に置き換え、±3dB程度の値としました。(フィルムコンデンサーの市販されている標準の値が決まってますので、それで左右されます。)

↑これだけ入って1,500円ってなに?自分でパーツから揃えたら5,000円位かかりそうです。って言うかプリント基板を製作するだけでも大変です。NFJさんありがとう。

回路

↑ NFJさんの回路です。キットと言っても回路図が附属していないのは何故でしょう。基板起こしなので間違っているかも知れません。部品表とシルク印刷はありましたので、その値を明記しました。

↑ 今回製作したEQカーブ補正器です。レベル可変量を必要最小限にしたため特性はまあまあです。
トーンコントロールはメーカー各社とも設計に気を使っているようです。ヤマハのC2なんかは多接点のロータリーSWを使用し特性を確保していました。

製作開始

 

特性測定

一応特性測定しました。特性はシミュレーションとほぼ同等で良好です。

↑ 各ボリウムの中間点ではフラットな特性が得られています。右はコロンビアカーブ補正時の周波数特性です。これだけ補正できれば完璧です。音質に期待が持てます。

試聴結果

フォノイコライザーとプリアンプの間に挿入する様に製作しましたが、試聴はプリアンプとメインアンプ間に挿入しました。先ほどの、気になるコロンビア盤はどうなったでしょう。
うーん微妙です。サイモンとガーファンクルのLP盤「パセリ・セージ・ローズ・マリー・アンド・タイム」ですが、活気がなくなった感じです。また、デイヴ・ブルーベック・カルテットのLP盤「タイム・アウト」は、そのまま低、高音がマシマシの方が気持ち良いです。田中伊佐資さんのYoutubeでは、コロンビアカーブへの変更を「全然違う、これが本当だ。」とか「いやー、ぴったとはまりましたね」」みたいに言ってましたが、それほど大きな差は感じられません。
不思議に思い、色々考えました。
さ行がきつかった「パセリ」ですが、国内盤と比較してみました。両方とも周波数特性的には同じです。そもそもカッティングと関係なかったのです。(国内盤がRIAAカーブ以外でカットされているなんてあり得ませんもんね。)
それと、これは最も重要なことですが、そもそもトーンコントロールを2、3デシベル変化させても音質がとびぬけて変わるようなことはありません。私の耳が悪いだけかも知れませんが、レコードが覚醒するようなことはありませんでした。
余談ですが、3か月程前、10年間使用したDL-103を新調しました。カートリッジは徐々に劣化するので、劣化具合が目に見えて分かるものではありませんでした。しかし、交換したらレコードが覚醒しました。低音が弾むように出ますし、サックスの実在感が違います。今回のコロンビアカーブ疑惑は、そんなものとは全然違いました。

↑ ご存じ「THE THREE」ですが、これのジャケットとライナーノーツには、再生上の注意が記されています。これを守って聴いているユーザーがどれだけいるでしょうか。ボリウムとトレブルの両方を共に4dBも上げなくても十分高音質です。周波数特性なんて、そんな弱いものなんでしょう。